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食事・運動・最後に薬   

2011年 09月 23日

 安保徹先生(新潟大学医学部教授)によるとがん細胞は解糖系に入った栄養を使って大きくなるらしい。
 このことはつまり食事を考えればがん細胞の増殖を抑えることにつながるということだ。
 解糖系に入る栄養素は『糖』つまり炭水化物の類だ。京都・高雄病院の江部先生も糖尿病患者のご飯の量を大幅にカットすることで血糖値を大幅に抑えることに成功している。最近多くなった疾患はがん、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病など食事に起因するものが多い。
 食事が毒となりつまりは病の原因となっている。
 昔は食事が粗末だったので補中益気湯などで消化吸収をたすけて体を栄養し免疫を調整し元気をつけていた。当時こういった薬は高貴薬で庶民が服用できる薬ではなかった。
 しかし今は違う。補中益気湯も食事も自由に気の済むまで摂ることができる。
 『まずは食事から見直しを。次に運動。最後に薬。』耳にタコかもしれないがこれはやはり基本だ。薬も安くなっているので皆3番目の薬まで飛ばして楽をしようとしがちだ。過ぎたるは及ばざるがごとしとよく言ったもので、食事も薬もほどほどが良い。薬も重なると肝臓や腎臓に負担をかける。しつこいですが食事を見直して最後に薬です。
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by kanpousinise | 2011-09-23 22:57

NHKニュースで話題になった   

2011年 09月 22日

今日のNHKニュースウオッチナインで報道されたらしい。
放射性ヨウ素を防御するためのヨウ化カイウム丸
を福島県の市町村から配布されていたにも拘わらず人々は
飲まなかったらしいですね。
市町村から飲むよう指示がなかっとういうのが理由です。
それが原因で既に被爆した子供も随分いたらしいです。
あらかじめヨウ化カリウム丸を飲んでいれば決められて以上
の量は甲状腺では蓄えられないので被爆しないのです。
福島原発周辺部で検出された放射性ヨウ素131は3月11日
以降は基準値に比べ126.7倍になってるといわれる。
一方、甲状腺には、ヨウ素を取り込み蓄積するという機能
がある。原子力施設の事故で環境中に放出された
放射性ヨウ素131が体内に吸収されると、甲状腺で即座に
甲状腺ホルモンに合成され、甲状腺組織の中で放射能を
放出し続ける。
その結果、放射能による甲状腺障害が起こり、後天性の
障害として甲状腺ガンや甲状腺機能低下症を引き起こすこと
も考えられる。
甲状腺機能が低下すると代謝機能が衰え、コレステロール値
が影響を受けその結果、狭心症や心筋梗塞の原因にも
なったりする。
これらの障害を防ぐためには、被曝した直後に放射能を
持たないヨウ素を服用し、甲状腺をヨウ素で蓄積して
おくと、後で放射性ヨウ素が取り込まれたとしても、
あらかじめ服用しておいたヨウ素で満杯になっているので
甲状腺には取り込まれず予防的効果が期待できると
いわれている。
海藻
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by kanpousinise | 2011-09-22 22:20

タンポポ   

2011年 09月 21日

 タンポポは薬用としても使われる。
 タンポポの根っこを水洗いして乾燥し花も葉もあわせた全草は『蒲公英』として漢方薬に使われる。
また、根を炒ればコーヒーの代用となりタンポポコーヒーとして親しまれている。
 蒲公英は乳腺炎の治療や母乳の分泌を促す効果がある。乳腺炎では蒲公英に金銀花、連翹、炒穿山甲、天花粉、青皮、柴胡、甘草を加えて煎じて服用すれば急性炎症を治療できる。
 日本ではタンポポのやわらかい若葉は催乳薬として知られ、しばしば当帰、香附子などと配合し蒲公英湯として使われる。 

 蒲公英
 タンポポコーヒー
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by kanpousinise | 2011-09-21 12:20

不眠症の漢方薬<パート2>   

2011年 09月 18日

 不眠症では心肝の血虚で不安・動悸・倦怠感を訴えるものがある。
 『心は神を蔵す』といいます。神とは精神・情動・意識をさす。神は心の血で栄養
され意識はしっかりし、精神活動も正常なものとなるのです。
 ところが、心血が不足すると神が暴れ出し焦燥感や驚悸、夢を多く見るなどの精神症状
となってあらわれ不眠症となるのです。
 こういった不眠の方は心血を補う夜交籐を煎じて服用しましょう。
夜交籐はツルドクダミの蔓状の茎の部分です。服用すれば心血を補うことができます。
 また、『肝は血を蔵する』といいます。
肝血が不足しても心に血を循環できず心肝の血虚となるわけです。
 夜交籐は心肝の血虚を補い、神を安らかにして心地よい睡眠を促します。 
 
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by kanpousinise | 2011-09-18 11:40

加賀藩の秘薬「紫雪」   

2011年 09月 15日

  金沢では1月から2月にかけてよく雪が降る。来る日も来る日も繰り返し
 降ってくる雪の中で人々は春の訪れを待ち焦がれる。
  空は鉛色で日本海からの強い風が吹いてくる。そんな雪と風がやんで、
 夕焼けが近くの雪の降り積もった山々を照らす事がある。
  空は茜色に、山肌は紫色にうすく染まったりします。そんな季節を
 待って「紫雪」は作られるのです。
  1月の寒に入るのを待って準備はされます。もともとこの処方は前田家
 五代藩主綱紀公(1635−1724年)が藩内の薬種商に製造を命じ
 る形で作らせたものです。当時は藩の典医の監督のもとで製造が行われ
 ました。
  先ず、大なべに水を7分目位張り、下から火力の強い炭火をおこし煮沸
 させます。あらかじめ用意しておいた黄金100両をお湯にいれます。
 同時に寒水石、石膏、滑石、磁石も併せて煎じます。
 2時間ほど煎じてから、今度は動物薬のれいよう角、犀角、青木香、
 沈香、丁香、玄参、升麻、甘草を一袋に入れ40分程煎じる。
 先の黄金と石薬と動植物の袋を引き上げる。すかさず朴硝、硝石末を
 入れ。煎じたエキスが焦げないように4人位の人手でかきまわす。
 もちろん、鍋の下は火力の強い炭火がこうこうと起こっている。
  一気呵成に仕上げないと薬にはならない。職人技の見せ所でしょう。
  出来上がった紫雪の元は木製の器に入れ目張りをして、一晩保管
 します。翌朝、この紫雪の元を取り出し、朱砂と麝香を加え仕上げ
 ます。あの雪山に輝く夕日を思い出しながら、朱をいれていきます。
 仕上げた紫雪はさらに篩いにかけ、最後の仕上げをします。この間
 暖房はされません。気温は0℃位でしょう。
  この「寒」の季節をはずれて製造すると製品は固まって、紫雪になり
 ません。さらさらと紫の雪のような薬、それが「紫雪」なのです。
 この薬も、もう金沢では製造されていません。綱紀公(松雲公)
 が人々の健康を願って製造を命じた薬も、歴史のかなたへ行ってしまい
 ました。諸行無常は人の世の習いとはいえ、一抹の寂しさを禁じえ
 ません。
 今、日本で紫雪は製造してませんが、お隣中国では麝香を養殖して人口麝香
とすることで製造を続けています。
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by kanpousinise | 2011-09-15 11:25

昭和日本漢方の大御所   

2011年 09月 01日

 昭和日本漢方の大御所といえば大塚敬節矢数道明ではないだろうか。御二方とも多くの書籍がある。御二人とも医師だ。
 大塚敬節は古方派といわれ「傷寒論」を基本とする。「傷寒論」とは西暦200年(?)に中国の張仲景(ちょうちゅうけい)が書いたとされる医学書だ。張仲景は親戚の4分の3(?)を傷寒という病で亡くす。悲しんだ張仲景はその治療法を記すのである。この傷寒という病は今でいうインフルエンザだったと言われている。その内容は患者がこんな症状だったらこの薬、症状がこう変化したらこの薬といったように刻刻と変化していく病状に合わせて記述している。
 話はそれたが、大塚敬節はこの「傷寒論」の漢方薬のほかにも広く漢方薬を使い多くの患者を治療した。古方派といわれるのは考え方や師事した先生からだろうか。医学界に賞賛され東京の北里大学には東洋医学総合研究所なるものがあるがそこの初代所長だった。その名は亡くなられた今も伝え残る。
 矢数道明は後世派といわれ中国の金元時代(西暦900-1300?)の医学書を基本とする。金元時代は「傷寒論」より時代が進み医学は発展している。医学書も数多くある。しかしながら、発展していても人間の体の生理ははっきりわからず理論を作る。例えば、今、宇宙の事がよくわからないから“ダークマター“を仮定しているようなものだ。物事を陰陽にわけたり五行説といって5つにわけたりした。(病気の寒・熱や陰病・陽病、臓器は肝・心・脾・肺・腎、漢方薬の味は酸っぱい・苦い・甘い・辛い・塩っ辛いなど)まずは分類学ということか。。。この考えはドンピシャなことが多いが矛盾もある。しかし、当時では最新の医学だったのだ。
 矢数道明は医学界に賞賛され幅広い漢方薬を使い難治性の患者を数多く治療した。亡くなられた今もなおファンは多く漢方界を牽引した功績ははかり知れない。また、矢数氏は雪剤についても調べている。加賀藩に伝わる「紫雪(しせつ)」だ。紫雪についてはまた今度。

         かつては我が家で製造していた「紫雪」
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by kanpousinise | 2011-09-01 10:56